金子稚子の「とんぼとかめ」日記

『ACP(アドバンス・ケア・プランニング)』『人生会議』を中心に、死や死別について考えることを記しています。

「自分で決めろ」の冷たさと苦しさ

本来なら「自ら命を断つことの意味について1」の続きを書くところですが、このたびの台風報道で、ACPに関連してちょっと思うことがあったので、先にこちらを書くことにします。

 

はじめに……。

台風19号で被害に遭われた方、そのご関係者のみなさまに、心よりお見舞い申し上げます。

一刻も早い復旧を祈るばかりですが、どうか心身の健康のために、休息も十分にとっていただけたらと思います。

また、亡くなられた方のご遺族さま、心中をお察しいたします。今も、大変酷いニュースが入ってきて言葉を失っています。こんなことしかできませんが、故人さまのご冥福を心よりお祈りしております…。

 

 

さて、大きな被害を残し、さらに警戒の続く台風19号のことです。

上陸の数日前から注意喚起がさまざまなメディアで大量に行われ、またその日においても、刻々と情報が伝えられ、現場からネットなどでも多くの情報提供&共有がありました。

それはそれで大変素晴らしく、また私自身も、育った環境で子ども時分から地震対策については体に染みついたものがあり、それなりに対策もしているつもりだったのですが、「台風」「洪水」については全然わかっていなかった!と、改めて知ることができました。

 

しかしながら……。

情報発信をして下さる方に感謝しつつも、そしてこれまでにない危機が迫っていることも理解しているのだけれど、そのうちに、これは……と思わざるを得ない言葉が気になっていきました。

 

「命を守る行動をとってください」

 

今回は、気象庁が2013年より運用を開始した「特別警報」が広範囲に発令されました。

そしてそれは、私たちがそう何度も経験することのないほどの「重大な災害が起こる可能性が非常に高まっている」ので、「ただちに身を守るために最善を尽くす」ようにと促すものなのですが……。

 

その言葉があまりに大量に流されすぎた、その言葉に触れすぎてしまった……のかもしれません。

あるいは、いわゆる正常性バイアスがかかっていたのかもしれません。

 

「怖くて怖くて……」

「気が滅入ってしまって、ネットで映画を観て気分転換が必要だった」

「この非常時に眠くて眠くて仕方がない」

 

私の周囲には、そんな人も少なくありませんでした。

 

★★

 

正常性バイアスがどういうものなのかは、専門家の情報にアクセスしてください。ウィキペディアにもこんな風に書かれています。

 

私がここで注目したのは、ツイッター上のこんな言葉でした。

 

 

 

はい、これって、まさに医療現場でありがちなACP(アドバンス・ケア・プランニング)の空気感です。

 

特別警報がそうであるように、誰もその人がつらい目に遭えばいい、苦しんでしまえなどとは思っていません。

その人のために、よかれと思って、「人生の最終段階における医療・ケアをどうしたらいいか、話し合いましょう。あなたの話を聞かせてください。あなたはどうしたいですか?」と、促します。

 

しかし、こちらは自分の命がかかっています。

どうしたいかなんて、そんなに簡単には決められないし、第一、そんな時に何をどうしたいのかなんて、考えたこともない。

 

もちろん、私のような人間でも、その大変さを体験的によく知っていますから、「健康な時に一度は考えてみてください」「今だからできることですよ」などと主張しています。

たぶん、このブログでも何回も書くことになるでしょう。

 

でも、問題はそこではありません。

 

医療職などの専門家が入って行われるACPでは、記録が取られます。

それが「あなたはこのとき、こう言ったよね」という自己責任を負わされるかのようなプレッシャーにつながってしまうのです。

 

念のため、誤解がないように書きますが、記録は必要です。

自分自身の振り返りとしても、「ああ、あのときはこう言ったんだった」と知ることは悪いことではない。むしろ、そうした気持ちの変化の記録が、自分の“今”の気持ちをさらに深くキャッチする手助けをしてくれるでしょう。私は日記のようなブログのような使い方ならとても大事だと思います。

 

でも、「第三者による」「公的な空気感いっぱいの」記録は…………。

 

まして、現場ではその人のためによかれと思って一生懸命にACPに取り組んでいますので、その緊張感、集中力が、本人や家族にも伝わる……。

意見は変わっていいし変えていい。変わるのが当然と言われても、「うん、この前はこう言ってましたね」などと確認されてしまえば、「え、よかったのかな」とか「意見が変わっちゃ悪いのかよ」などという気持ちも沸いてしまうでしょう……。

 

★★

 

私自身は、結構ガリガリな本人意思尊重派で、しかも「自分で決める」と、その大切さを強く訴えている人間です。

それでも、周囲から「さあ、決めてくれ」「何をどうしたい?」と、あまりにも促されるのは、ちょっと違うなあと思います。

 

「命を守る行動をとってください」と、強く、何度も、繰り返し、言われ続けることと、それは同じだからです。

特別警報は仕方ありませんが、ACPではそれを決めるタイミングまで、相手に支配されているのです。

 

自分で決め、のではなく、自分で決め、というニュアンスが強い。

 

ACPは、自分の死を前にした時の医療やケアをどうするか決める時に行われる、繰り返しの話し合いです。

 

命に関わることの意思の決定は、周囲の「その人のために」「よかれと思って」の熱意が強すぎても、はっきり言ってそれはありがた迷惑にしかなりません。

熱意は、

「あのとき、私はあれほど決めてくれとお願いしたよね」

「あのとき、あなたはこう言ったよね」

という、他人事の冷たさに簡単に転じてしまうからです。

もっと言えば、私はここまでやったんだ、という証拠固めにさえ使われてしまうこともあるでしょう。

 

だから私は主張します。

(しつこく促される前に)「いきかたは、自分で決め」のが本当に大事と。

それがどれほど苦しいことかも、知っていますが、それでも……。

 

命のことを、決めろと促され続けるのは……。つらくありませんか?

 

自ら命を断つことの意味について 1

亡夫の7回目の命日が過ぎました。

夫が亡くなってから1年は、廃人のような状態でとても人前に出られませんでしたが、1年と少し経った後、ちょっとずつ人前でお話させていただくようになりました。

 

その頃から変わっていないスタンスは、死について、飾らず、直球で、伝えようということです。

私に対する「遺族への気遣い」は不要。私自身も「遺族への気遣い」や「今、闘病中の人やその家族への気遣い」も可能な限り排除し、ストレートな言葉を探してきました。

 

「どんな人にも必ず訪れる、100%決まっている未来」が死だからです。

どのような年齢、どのような社会的地位、どのような背景や物語を持つ人にも、あるいは、どれほど死に関する情報を持つ人にさえ、非情なほどに公平であるのが、死だと思っています。

 

★★

 

そのせいか、ここ数年、意外なところで意外な反応を戴くことが増えてきました。

 

先日は、消費者向けに金融関係の情報提供や教育を行う団体が主催する会で、終活をテーマにお話しさせていただきましたが、ここで出てきた質問が「安楽死についてどう思うか?」でした。

終活がテーマの場に、安楽死という言葉が登場してきているのです。

 

安楽死については、それを議論する前にさまざまな緩和医療が存在することや、また尊厳死とか平穏死とか自然死などと言われるものの実際(注:“定義”ではなく)についてもよく理解していないと、とても話し合いにならない……。

現在、社会に広まっている認識だけで、よい・悪いだけを断定的に下したところで、安楽死を検討せざるを得ないほどの苦しみを抱える人の問題には、到底近づけないからです。

さらに、その断定的な態度は、当事者の意識と大きくずれてしまうでしょう。本人の意思を最重要視すべきだという考えの私ですら、安楽死については「本人が自由に選択できればいいじゃないか」とはなかなか思えません。

*「安楽死」と、特に「尊厳死」の言葉の使い方が、メディアにおいて混在しています(尊厳死のことを「安楽死」と表記してしまっているメディアがそれなりに存在します)。ここで言う「安楽死」は、薬物投与などを行って積極的にその人の命を断つ行為を指します。つまり、自殺幇助と言い換えられる行為であり、当事者からすれば、そして言葉を選ばずに書けば…人の手を借りて自らの命を断つことになります。日本においては、安楽死は法律的に認められていません。

 

また、私の考えを伝えるのにも、おかしな伝わり方になる可能性が高く、というか、前提となる情報量が多すぎてとても端的には伝えることができず、今回のようなリアルな講演であっても、一般の方々にはおいそれとは話せないというのが現状です(ちなみに、緩和医療の1つである終末期鎮静についてだけで、自分の考えを以下のようにこれだけ書く必要がありました……)。

 

そういう意味で、もっともっと死の前後の情報が、あらゆる意味で偏りなく浸透していくことを望んでいます。

 

そして、さらに、たとえば自死についても……。

 

自死については、遺族の苦しみは当然のこと、その死のとらえ方もさまざまで、人によっては「人に話せない」「隠しておきたい」ものであり、また自ら命を断ったことに対する、言葉を選ばずに言えば責めるような考え方(「大切な命なのに、なぜ自ら捨てるのか」「生きたくても生きられない人もいるのに……」など)も社会の中には根強く存在します。

私などは、ただでさえタブー視されている死の中で、自死はさらに差別や区別に遭っていると思うほどです。

 

安楽死自死も、いわば「自ら死を選択する」という意味では同じであるのにも関わらず、人々のとらえ方が微妙に違うことに違和感を覚えます。

また、「自ら死を選択する」ということに対する反応が、人によっては驚くほど激烈であることにも、時として言葉を失います。

 

やはり、これをテーマに語り合うことは難しいかもしれない……。

死をテーマにする私でも、正直なところ、後回しにしたいものでもありました。

 

ところが、そんな時、そのことを語り合うのに別の道が見えたように感じたことがあったのです。

 

学生さんと、生き死にに関する対話の機会を得たのです。

死生学も研究する哲学者による、その大学での最終講座に参加させていただきました。

 

(2につづく)

『人生会議』は、誰が行うもの?

『人生会議』とは、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)のことです。

 

これだけを読んで、ああ、なるほどね!と言える人はそんなにいないかと(汗)。

そして、この人生会議について説明するのは、今回のこの記事だけでは無理です。

というか、このブログ全体が人生会議についてのあれこれを書いていこうとするくらいのものなので(笑)。

 

ACPについて、人生会議については、厚生労働省このサイトをまず読んでいただけたらと思います。

そして、これだけを読んで、「わかった!」となった人に対しては、ごめんなさい、以下を問いかけさせてください。

 

あなたの人生は、

本当に、それほどわかりやすく、シンプルなのでしょうか?

 

この問いの意味についても、ブログを通して(頑張って書きます!)さまざまに感じていただけたらと思います。

 

★★

 

さて、『人生会議』とは、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の愛称です。

 

昨年の11月30日に公募により決定したと、厚生労働省が発表しました。

ちなみに、11月30日は、“いい看取り・看取られ”という語呂合わせから「人生会議の日」として、人生の最終段階における医療・ケアについて考える日にしようとしています。

 

「人生会議」と聞いて、どんなことを連想しますか?

 

なんだか物々しい。

うん、必要だよね。

何をテーマに会議するのか…、話が大きくなりそう。

一度は真剣に取り組んでみたい。

何かのゲーム?

 

いろいろな反応があるかと思います。

 

しかし私のところには、なかなか厳しい声が聞こえてきます。

 

「人生会議」なんて、そんな悠長なこと、やってられないよ!

 

はい、おっしゃる通りです。

私自身も、その“やってられない”現実を経験していますので、その気持ちは痛いほどわかります。

 

こういう声は、人生の最終段階にある患者やその家族に接している医療従事者の方、そして死に直面する当事者や家族からのものが多いように感じています。

 

なぜなのでしょうか。

 

私は、その名称から来る印象に理由があるのではないかと思っています。

 

★★

 

「人生」と「会議」。

 

死を意識した時、人はそんなに簡単には「人生そのもの」を振り返ることができない……のではないでしょうか。

これは、夫の闘病中に彼と語り合っていた時から感じていることですが、このことについては、また改めて書いてみたいと思います。

 

ここでは、「会議」について考えてみましょう。

 

「会議」と聞いて、みなさんはどんな風に感じますか?

単純に、何か特定の議題があり、何かを決めたりするもの、ですよね。

そこにいるメンバーは、議題の関係者だったりしますが、「その人」が議題になることはありません。

 

というか、「その人」が議題になってしまったら、それは言葉を選ばずに言えば「つるし上げ」とか「糾弾」とか、そんなイメージになりませんか?

 

少なくても、「その人」を褒め称えるために会議を行う、ということは……普通しませんよね?

 

そうなんです。

死に直面した本人や家族にとっては、「人生会議」という言葉の響きがとても遠いのです。

もっとはっきり言ってしまいましょう……冷たいし、突き放されたものに感じられるのです。

 

とてもじゃないですが、自分自身や大切な人に関係する何かを話し合うものだとは思えません。

 

また、「会議」という言葉から来るのんびりした感じが、命の終わりを見据えた時期には、あまりにも耐えられません。

だから「そんな悠長なこと、やってられないよ!」になるのです。

 

しかも会議の議題は、自分自身や大切な人の命に関わることです。

 

議長が誰なのか知らんが、その「人生会議」とやらで、何を決めろというのか!という怒りにも似た気持ちを抱くのは、当然のことと思いませんか?

 

★★

 

死に直面しているその時。

その時に、平然と「人生会議を行おう」などと声をかけられる人は、本人から遠い位置にいる人と言っていいでしょう。

 

本人のことすら考えていない、と言ってもいいと思います。

そんな人は、会議を行うことだけが目的化しています。

 

しかし、その時、一人だけ「人生会議を行おう」と口火を切ることができる人がいます。

 

そう、本人です。

 

自分が議長になり、自分の人生を議題にし、自分のことについて関係者と話し合うのです。

 

ところが、その場合であっても、人生会議は難しいことが多いでしょう。

なぜなら、本人はその気満々であっても、周囲が(特に家族が)付いてこられないこともしばしばだからです。その人の死を前提にした話し合いなので。

 

だから「人生会議」は、死に近いその時に行うのが大変なのです。

会議の出席メンバーの気持ちをそろえるところから始めなければなりません。

さらにいえば、出席するかどうか、そこからの“交渉”が必要な家族もいるでしょう。

 

「人生会議をしよう」と言って、家族全員が同じテーブルについて話し合えるのは、家族が健康で、仲が良い証拠ではないでしょうか。

 

家族で人生会議ができる=幸せ、と言えてしまうのは、私が夫を亡くしているからかもしれませんが……。

 

「終末期」が「人生の最終段階」に変わった意味

2018年3月、厚生労働省により、あるガイドラインが約10年ぶりに改定されました。

その名も「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」。

ちなみに、厚生労働省のサイトでもこのようにいろいろ公表されていますので、関心のある方は……。

 

人生の最終段階、それは“命の限りが見えてきた段階”のことを指します。

この段階は、「終末期」と言われることもたびたびです。

たとえば「終末期医療」とか。

 

終末期だと、いかにもこの世の終わりのような雰囲気で怖い、というような人も多いでしょう。

ネガティブな意味での「もう終わり」感がとてもある。

でも、人の命の最後を、そんな風な「もう終わり」感でいっぱいにしていいのだろうか。

特に高齢者の場合、80年90年と生きてきたその最後が、終末期という言葉のイメージ通りでいいのだろうか。もちろん若くても、いや、若いからこそ「もう終わり」感の強い終末期という言葉は、とてもじゃないけど受け入れられない……。

 

そんな声も影響したのでしょうか。厚生労働省は2015年春に、終末期を「人生の最終段階」としよう、と打ち出しました。

 

「もう死んでしまうのだから」と、まるでそれまでの人生すべてがゼロになってしまうかのようなものではなく、「人生の最終段階」という言葉には、その人のそれまでの人生に敬意を払おう・払いたいという意思すら感じられます。

 

そしてこの言い換えは、高齢化率が約28%であり、すぐそこまで迫っている多死の時代に直面する今の日本においては、とても重要な示唆に満ちていると思います。

 

★★

 

多死、それは読んで字のごとく「多くの死」、つまり「多くの人が死ぬ」ことです。

どんなに健康で長生きの人でも、いつかは必ず死ぬ。高齢化率が高い=高齢者が多い日本は、「多くの人が死ぬ」時代にまもなく突入することになるのです(ちなみに、そのピークは2038〜2040年頃とも言われています)。

平成30年度版高齢者白書(全体版)にも、このような死亡数の将来推計が出ています。

https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2018/html/zenbun/img/z1_01_03.gif

 

赤の他人の死に対しては、例えば世間を賑わす大きな事件・事故・災害で亡くなられた人のニュースに直面しても、人はそこまで激しく、そして長く、延々と混乱し動揺し続けることはできません。

仕事や目の前の困り事や嬉しい事、自分の日常生活の方が優先されるのが普通でしょう。もちろんそのことは、誰かに責められるものでもありません。

 

しかし、自分にとって大切な人、身近な人が死んだらどうでしょうか。

配偶者、親、兄弟姉妹、祖父母、子ども、親友、恩師、恋人……。

そんな人が死んだら、日常生活を送ることができないほどの状態に陥ってしまう人も少なくありません。

それ自体は、グリーフ(死別後悲嘆)といって、人間として、いたって自然で、当たり前の反応なのですが(身体に苦痛がある場合、あるいはそれにより本人または周囲が困った状態に陥った場合は医療機関を受診し、適切な治療を受けて下さい)。

 

でも、「身近な人が死ぬとどうなるか」、もっと言えば「身近な人の死が近づいた時、人はどうなるのか・どうするのか」「死の前にはどんな問題があるのか」ということが、あまり知られていないのが、多死時代を迎えるにあたっては問題なのです。

 

死がタブー視され、いわば“共感されやすい(感動を呼びやすい)”物語のみが伝搬し、実際のところはどうなのか、という現実が共有されてこなかったことも、ここへ来て、私たちの前に、重い課題としてより明確に立ち現れはじめているとも言えます。

 

★★

 

そこで、「終末期」が「人生の最終段階」に変わった意味を考えてみます。

 

「終末期」と聞いた時、冒頭に書いたようにネガティブな意味での「もう終わり」感を抱く人も少なくないでしょう。

でもそれは、そんなイメージだからということもあるでしょうが、どこか他人事、というか「命の終わり」は強くイメージできても、人の気配を感じない・感じたくない……ことはありませんか?

 

しかし「人生の最終段階」はどうでしょうか。

 

「命の終わり」のイメージは弱まりますが、人の気配は感じられます。

そして、こういう視点で意識し直すと、その「人」とは、誰か自分に関わる特定の人をイメージできませんか? あるいは自分自身とか?

 

多くの人が死ぬ多死時代を控えて、私たちが意識を変えなければならないのは、この点です。

私たちが直面するのは、誰なのかイメージできない「多くの死」ではなく、現実には「私の死」であり「私の大切な人の死」であるということ。

 

厳しいですが、長寿国として世界のトップランナーである日本は、このことを“ないこと”にはできないのです。

ブログ名の「とんぼとかめ」について

「はじめに」と書いておきながら、まだ書いていないことがありました💦

ブログ名のことです。

 

「とんぼとかめ」と名付けた理由についても、書き記しておきたいと思います。

 

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とんぼとかめのフェティッシュ

この写真は、亡夫の仏壇に一緒に飾っているフェティッシュです。

 

フェティッシュについて、知っていますか?

このサイトにも書かれているように、「〇〇フェチ」の対象物でもあるのですが、それ以前に、特別な力が宿っているとされる御守りのようなものでもあります。

そして、このフェティッシュは、ネイティブアメリカンが自分たちのために作った御守りなのです。

 

私がこのフェティッシュと出会ったのは、夫が亡くなった翌年の2013年12月にアメリカを旅した時のこと。

生前から仕事でもプライベートでも仲良くさせていただいていた、アメリカ在住の知人とともに、セドナを旅しました。

その帰り道、彼女が仕事で関わったネイティブアメリカンの研究者が本業の合間に開くお店に立ち寄ったのです。

 

研究者は、失われていくネイティブアメリカンの文化を守るために、このようなフェティッシュだけでなく、マスクや置物や敷物などを正当に評価し、適正な価格でほしい人にお分けする…というようなお店を開いていました。

研究の仕事だけで十分に生活できるので(むしろ普通の人より裕福なほど)、品物を買い叩いたり、高く売りつけたり、ということもありません。

要は、フェアトレードを研究の合間に行っている人でした。

そんな商売ではないようなお店なので、常にオープンしているとは限りません。でもその日は、ありがたいことに、知人が連絡したらお店を開けて下さったのです。

 

フェティッシュが並べられたガラスケースは、大きいものが2台と、高さのないケースが1〜2台あったでしょうか。

それらのケースの中に、フェティッシュはぎっしりと並んでいました。

モチーフはさまざま。熊や鷲、蛇、蛙、ウサギ、フクロウ……もっとありました。

大きさも、色(石)も、実にさまざまです。

 

でも私は、ある2つのフェティッシュに釘付けになりました。

それが、この写真の2つです。

 

何に惹かれたのか、それはモチーフがとんぼだったから。

そして、そのとんぼをかめが背負っている姿がどうしても気になって気になって、そこから離れられなくなってしまいました。

 

とんぼは、私にとっては非常に大切な生き物です。

それは、夫が亡くなった最初のお盆(新盆)の時。東京は7月がお盆なのですが、お寺で法要をした際、とても大きなとんぼが私たちのところにやってきたのです。

そこにいた全員が、「あ、哲ちゃんだ」と口々に言いました。

そのとんぼが亡くなった夫であると、そこにいた全員がそう「わかった」のです。

 

その時から、折に触れて、実は今も、とんぼが私のところにやってきます。

一周忌の後、たくさんの人に来ていただいて催した会の翌朝には、私の部屋の窓辺に飛んできました。まるで「お疲れ様!」と言いに来たようでした。

ある時には、小さなとんぼが乱舞する様子を目にしたこともあります。

またある時は、電車で目の前に座っていた外国人観光客のTシャツ柄がとんぼだったこともありました(笑)。

 

そんな経験を経てきたので、とんぼのフェティッシュが気になることは当然だったかもしれません。

でも、とんぼだけのフェティッシュもあったにも関わらず、私はとんぼを背負うかめも気になっていました。

しかも、この2つから1つをどうしても選べない。

 

フェティッシュは御守りです。

2つ持つものではありません。

だから、どちらか1つを選ばなければならない……。

 

あまりにも長く悩んでいたので、とうとう研究者から「どうかしたのか?」と声がかかりました。

 

私は知人に通訳を頼み、説明しました。

新盆の時にやってきたので、とんぼは亡き夫そのものだと思う、ということ。

そして、どうしてもそれを背負うかめが自分に思える、と。

 

しかも、写真左のとんぼは夫だが、自分は写真右のかめのような気がして選べない、2つを分けて持つことは考えられない、とも。

 

私が夫を亡くした妻であると聞いた研究者は、その瞬間に、ぶわっと涙を流してくださいました。

そして「そのフェティッシュは、2つとも、あなたのためのものだ」と言いました。

 

少し落ち着いた彼女は、研究者らしく説明をしてくれました。

 

このフェティッシュは、ネイティブアメリカン夫婦が二人で作っている。

この「二人で1つのフェティッシュを作る」というのは、そんなにあるものではないが、でもそう珍しくはない。

でも、モチーフが2つ重なったものは、そうはない。

だから、これはまさにあなたのためのものだと思う、と言ってくれたのです。

 

帰り際、あ、と思い、このモチーフの意味を研究者に尋ねました。

モチーフには意味があることは知っていたからです。

 

「とんぼは、『メッセンジャー』。しかも良い知らせを伝えに来てくれる。

 そしてかめは、『運命を背負う者』」

 

研究者は短く、真剣な顔を私に向けてそう答えてくれました。

夫からの引き継ぎを自覚していた私は、なるほどそうか、と合点がいきました。

 

その時からこの2つのフェティッシュは、仏壇にあります。

 

夫からの引き継ぎを形にする。しかもそれは、夫との共同作業であると思っています。

だからこのブログの名前は、「とんぼとかめ」になりました。

 

 

 

はじめに:私が「死」をテーマに仕事することを決めた理由

ある年齢以上になったら、自分の周囲に死んだ人なんかいない、などという人はほとんどいないでしょう。

祖父母、両親、兄弟姉妹、親戚、配偶者、友人、知人、仕事関係者……。

人間関係の深さに差はあれど、自分と関わりのあった人が死んでしまったという出来事には、人生の中では必ずといっていいほどぶつかることになります。

 

つまり、多くの人が大なり小なり死別を経験し“なんとなくわかっている”のに、なぜそれをわざわざテーマにするんだろう?

なぜ、あんな辛いこと、苦しいことをわざわざ考えなければならないのか?

 

そんな風に思う人もいるかもしれません。

 

はい、私もそう思っていました。

というか、死のことをテーマにしようなどとは考えたこともありませんでした、夫と死別するまでは。

 

★★★

 

私の夫は、金子哲雄と言います。流通ジャーナリストと名乗っていました。

そして、今から約7年前の2012年10月に他界しました。享年41歳。

 

テレビなどにも少々出させていただいていたので、彼の死はテレビや新聞にも取り上げてもらいました。

「急死」という報道が多かったようにも記憶しています。

 

そして、死後、夫自身によってさまざまな準備がなされていたことにも注目が集まりました。

通夜や葬儀のことは、自分自身が葬儀社と打ち合わせし、通夜振る舞い(お通夜の時に出す食事のことです)の内容まで決め、会葬礼状(通夜や葬儀の時に参列者に渡す礼状です)も本人が書き、遺言書は用意しており、そして戒名も生前受戒(生きている間に戒名を授けていただくことです。ちなみに戒名は「買う」ものではありません)していて、入る墓まで決めていた……。

 

その年、2012年の新語・流行語大賞のトップテンに「終活」という言葉がランクインしましたが、見事な「終活」を実行したということで、故人ではありましたが、「終活」代表者として受賞の栄誉にも与りました。

 

しかし、当時の私は混乱していました。

「終活」のことをよく理解していなかったこともあり、夫がしたことが巷で言われる「終活」とうまくつながらなかったのです。

 

たしかに通夜・葬儀の準備をし、遺言書で相続関係も整理し、入る墓を決めたのも本人です。

でも、夫がしたことは「それだけ」ではありません。

 

いや、それよりも、もっと大きなこと、もっと大切なこと、もっと「遺される人のためになる」「遺される人に力を与える」ことをした……。

当時の私は、そこまではっきりと言葉にはできませんでしたが、そんな風に感じていました。

 

なぜなら、病気が見つかった時にはすでに末期。治療法もなく、腫瘍の大きさや位置から「次の瞬間、窒息死するかもしれない」と言われ、そこから約1年半を闘病してきていたからです。

 

その1年半の間に、「通夜・葬儀の準備」とか「遺言書」とか「お墓」のことだけをしていたわけではありません。

むしろそれらは、亡くなる前の約1カ月の間にしたことです。

 

そしてその1年半の間では、同じく「闘病だけ」をしていたわけでもありませんでした。

 

★★★

 

約1年半の闘病の間では、そういった、言葉にうまくできないこと、命の限りを突きつけられて見えてきたさまざまなこと、これまで何かを読んだり聞いたりして知っていると思っていたこととは違う現実……そんなことを私たちは共有していくことになりました。

 

そしてとうとう訪れた、本物の「もしもの時」。

夫は危篤状態に陥りましたが、医学的には説明のつかない回復をし、最後の40日間を過ごしました。

 

その40日で、夫と本当にさまざまな、いわば突っ込んだ話をしました。

そして私は「ああ、これを自分は夫の死後に行っていくんだな」と受け止めていくことになりました。

 

死を、重くも、だからと言って軽くも語らない。

死について、ドラマチックにではなく、現実を、実用性のある情報をストレートに伝える。

死に関わるさまざまな立場のどこにも偏らない(「当事者」にも偏らない)。

どのような死も、差別したり区別したりしない。

 

夫の死後は、さまざまな分野の多くの人に出会い、さまざまな話を伺いながら、そんなルールのようなものを、少しずつ自分の中に作っていく時間を過ごすことになりました。

 

夫が亡くなって約5年が経った頃。

厚生労働省から声がかかり、「人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会」のメンバーとなりました。

 

そこで検討され、あるガイドラインが約10年ぶりに改定されたのですが、私はこのとき、夫が死ぬまで行ったこと、私たちが夫を中心に行っていたことにようやく合点がいきました。

 

ACP(アドバンス・ケア・プランニング)。

この改定ガイドラインのポイントであり、今後の日本を見据えたものになります。

夫が実行したこと、夫から引き継いだことが、ようやく国レベルの実行段階に入ったんだと思いました。

 

しかし、そこにはさまざまなハードルがあり、また、課題もたくさんあります。

本ブログでは、それらについて、1つ1つ見ていきながら、私たち自身が「どうすればいいのか」を考えていけたらと思っています。