金子稚子の「とんぼとかめ」日記

『ACP(アドバンス・ケア・プランニング)』『人生会議』を中心に、死や死別について考えることを記しています。

依存と信頼

緊急事態宣言が出されました。

仕事がどんどんキャンセルになってしまったので、個人的には2月の終わり頃から自粛生活を送っています。生活自体は、宣言が出たところで特別変化はありません。ただ長くなってきたので(そろそろ1カ月半くらいでしょうか)、疲れは出てきていますが……。

ストレスからか、詐欺にも遭遇しました。友人知人から心配をいただきましたが、冷静でいるつもりでいても、自分が通常モードではないこともよくわかり、反省。今後はもう少し用心していきたいと思います。

ちなみに、個人的な経済面については非常に大きな不安はあります。……が、それも2月半ば頃から向き合い、2〜3週間かけて気持ちを整えてきました。

これも、夫の闘病と死別の経験から学び得たことだなあと、亡夫に感謝しています。

 

先日、知人とビデオ通話で話していました。

2人とも会社経営に携わったことがあり、会社のクローズも経験しています。会社のクローズとは倒産、つまり会社の死、と言い換えられるものだと思います。

どれほど心血を注いで経営していても、どれほどの信念があったとしても、経営の失敗だけでなく、社会の変化や不可抗力が原因で訪れてしまう会社の死があります。

そして、会社には多くの人が関わっています。従業員もそうですし、取引先、協力者などなど。一つの死は、とても多くの人に影響を与え、物心ともに傷つけ、人生を大きく変えてしまうことも少なくありません。

会社の死に際して、経営側にいたからこその、その傷の大きさと厳しさを私たちは知っています。ぶつけられた怒りや嘆き、悲しみもはっきり覚えていますし、それは自分自身の身にも深く刻み込まれています。また、その死で自分たちも人生が大きく変わりました。

 

その上で……。ずっと見つめ続けていることがあります。会社と従業員の関係です。

多くの従業員は、会社を信頼して働いています。人によっては、会社ではなく社長を信頼している場合もあるでしょう。1日のうち、約1/3も会社(仕事)に対して時間を費やしているのです。積み重ねたら、膨大な時間を使っていることになります。時間=命という感覚の私からすれば、自分の命をそこまで削っているのだ……という認識です。

でも、ちょっと思うのです。そんなに膨大な時間を提供してしまえるくらいの「信頼」とは何だろう?と。

 

そもそも相手を信頼できなければ、雇用契約など結べません。それは、従業員だけでなく、経営者側も同じことです。この支払いに対して、これくらいは会社に貢献してもらえるだろうと、仕事のスキルだけでなく人間性までを含めて、信頼して雇用契約を結びます。そうでないと、事業が失敗したり会社そのものの存続が危うくなってしまうこともあります。

つまり、「信頼」とは、どちらか一方だけで完結するものではありません。

 

信頼とは……

ある人や物を高く評価して、すべて任せられるという気持ちを抱くこと。——『精選版日本国語大辞典』より

信じてたよりとすること。信用してまかせること。——大辞林』より

 

従業員→会社(社長)だけではなく、会社(社長)→従業員の方向もあるということを双方が認識できなければ、本来は契約など結んではいけないのかもしれません。

 

……なのですが。

信頼は、ちょっとすると「依存」につながりやすいものではないかとも思うのです。特に関係が長期に渡っていたりすると……。

「すべて任せられる」「信じてたよりとする」。この辺りに依存につながる落とし穴がありそうです。

 

すべて任せても、信じてたよったとしても、信頼とは、依存と違って「それがなければ存在できない・成立しない」というものではない、ということを改めて確認したいと思います。

 

新型コロナウイルスの影響で、日銀が全地域の景気判断を11年ぶりに引き下げました。2009年のリーマンショック以来のことだそうです。

www3.nhk.or.jp

厳しい話ですが、今後、おそらく会社の死も増えていくことでしょう。

そして、その影響で人生を大きく変えざるを得ない人も増えていくはずです。予定していた退職金がなくなった、ローンが支払えなくなった……など、あらゆる世代で想定外の厳しい事態に直面する人が増えるはずです。

 

でも今、もしも少しでも心に余裕があるのならば、「それがなければ存在できない・成立しない」という依存の対象ではなく、「高く評価して、すべてを任せられるという気持ちを抱」ける対象を、今一度自分の周囲に探してみることをお勧めしたいと思います。一番手っ取り早く、そしてぎりぎりのところではもっとも頼りになる対象…つまり、信頼できる「人」から探してみてはどうでしょう?

私の場合、その基準は、いろいろな経験から「全財産を預けられるどうか」「自分の命を託せるかどうか」になりましたが……(やってみればわかると思いますが、なかなか厳しい基準だと思います…)。

 

お金がなければ成立しない人間関係、〇〇円なければできない生活……など、お金に絡むものは維持できなくなれば、自然と淘汰されます。あるいは、その人がいなければ生きていけないという対象、自分の代わりにすべてを決めてくれる人……なども、隔離生活や入院、死別などをきっかけに失われる可能性があります。つまり、新型コロナウイルスは、自分が依存していたものとの縁を切るきっかけを連れてくるのかもしれません。

 

そう思うと、私たちと政府や行政との関係はどうなんだろう?と思います。

感染症という危機を前にして、自分ひとりではどうにもならないこともとてもたくさんあります。信頼に値する対象なのか……。それとも依存先なのか……。

「それがなければ存在できない・成立しない」のは国という集合体ですが(というか、国の方がむしろ「国民がいなければ成立」しませんよね)、政府はどうなんだろう……。

先の先を見越しての対策を考えているのでしょうが、「高く評価して、すべてを任せられるという気持ちを抱」ける対象(=信頼に値する対象)かどうか、このあともよーーーーく見ていきたいと思います。

少なくとも「私が責任をとればいいというものではない」と述べたり、「政治判断の責任は自分にある」と文書で回答したりしていますが、首相の言葉は軽すぎて、現時点では自分の身には届いていませんが……。